母の日の起源とカーネーションの色ごとの花言葉

母の日は、南北戦争の医療衛生の改善を促進したアン・ジャービスが牧師だったフィラデルフィアの教会に娘のアンナ・ジャービスが1907年5月12日に白いカーネーションを贈ったのが起源とされていますが、日本国内では青山学院の前身の海岸女学校校長メアリー・J・ホルブルックや女講師マイラ・E・ドレーパー、青山女学院院長ファニー・G・ウィルソンの働きによって1932年に初めて祝われました。

母の日に対して関心度が高まっています。

青山女学院では、現在でも母の日を学院の年中行事として行っていますが、1937年に設立された「森永母を讃える会」による全国規模の普及活動「ありがとうお母さん」によって1949年頃から5月第2日曜日に国内でも行われるようになりました。



アンナ・ジャービスは、母のアン・ジャービスが好きだったとされる白いカーネーションを贈っていますが、一般的には赤いカーネーションが贈られている一方で紫色や珍しい青色のカーネーションを贈る人も増えています。

カーネーションは、十字架に磔となったイエス・キリストを見送った聖母マリアが流した涙が地面に落ちた場所から咲いたとされる神聖な花であり、母性愛の象徴とされるカーネーションを贈ることが母の日の理にかなっていると言えます。

白色は、「純粋な愛」や「生きています」の花言葉から亡き母親に贈られますが、赤色は「母への愛」や「熱烈な愛」が花言葉です。



珍しい青色は、「永遠の幸福」の花言葉からいつまでも幸せでいて欲しい願いを込めて贈られることが多く、紫色は「誇り」や「気品」などの花言葉からおしゃれな母へ贈る人が多くいます。